とある UI デザイナーの雑記

フリーのUIデザイナー佐藤裕美と申します時たま堰を切った様に書く

イチロー選手

今年は実に様々なニュースで埋め尽くされた濃い一年でしたが、平成の終わり、令和になる直前のイチロー選手の引退は、個人的にとても印象的なニュースでした。
本当にお疲れ様でしたと拍手を送りたい。
日本国民皆んなが同じ思いでしょう。
イチロー選手を好きな人は、特に野球ファンとかではなくても、偉大な結果を出し続けてきた人として、いや、それ以上に、プロとして仕事に取り組む姿勢やストイックさを追求し続けてきた人として、その存在に惹かれ応援している人であふれていたと思います。
私もその一人です。
そして、パフォーマンスを求められる仕事を選んでしまった人間の一人として、彼の姿勢を熱い眼差しで追ってきて素晴らしいものであったと学ぶ事だらけの人物であったと尊敬の念をずっと持ってきました。
そんな皆のスーパーヒーローかつ必殺仕事人としてのイチロー選手について、この年の瀬の節目のタイミングに、綴ってみたいと思いました。

結果を残すことでしか語れない

私はイチロー選手が昔から大好きですなんですが
今から約11年前に放送されたプロフェッショナル仕事の流儀でのイチロー選手の回がヤバいくらいカッコよくって実は定期的に見ています(笑)
その放送の中で
「結果を残すことでしか語れない」と答えていた言葉はずっと私の頭の中で忘れることなく心に残っているんです。
プロとしての覚悟が尋常じゃない。
涙が出るくらいストイックで自分を追い込んでいる…ヤバい人(スゴい人)
と同時に、同じお昼御飯を何年も食べ続ける変な人(天才は極端な人が実に多い)という点もかなりポイントが高い。
人間としてお茶目ですね、話逸れますけど、何かやっとのける人物はチャーミングな一面がおありですよね。
いやホント変な人多い…好きだけど。
お昼御飯の逸話に限らず、徹底したルーティーンワークを日々正確にこなし続けることってのは、実はとても難しいことで、それをし続けてきたストイックな姿勢を、凄いなあ…とずっと観続けてきたわけですが。
その行動はまさに「結果でしか語れない」と覚悟を決めて臨んできた地道な積み重ねだったのだと感じられ、それが本当にカッコいいし素晴らしいと思う。
そして、そこに重きを置き、拘り続け、それと同時に新たな野球を研究し続けてきた。
いや、頭イかれてますよね、失礼!プロとして仕事を全うし自分と戦い常に乗り越えてきた彼は正真正銘の「プロ」でした。

プロとは何なのか

こんな私でも、日々パフォーマンスと結果を出すことをと求めらえる世界に片足突っ込んでる人間の“はしくれ”なわけで、仕事とは一旦何なのか、フリー如きに何をお客様に提供し目標を達成することが出来るのか、日々考えております。
器用な人はなんでも上手くこなすし人を動かして事業を成功に導くのでしょう。
けど私はそういったタイプじゃない。

イチロー選手は引退会見の場で「毎日ちょっとづつでしか自分を超えていけない」といった趣旨の発言をしておられました。
この発言にはとても共感を覚え、私みたいなものでもずっと実感してきた事柄でもあります。
そうなんです、私もそう強く思ってます。
私はイチロー選手のように偉業を達成した素晴らしい人間ではないけれど、目の前の仕事を全力でやり続ける、今日よりも明日、明日よりも明後日、それを継続していく。楽しんで目の前のことに熱中してやる。
それをやる事の重要性を実感してきました。
日々の積み重ねを舐めてはいけません。
継続は力なりとも言いますが、それともちょっと違う、誠心誠意目の前のものに向き合う事の想像以上の重大さを身を持って感じる時がある。

まあ所謂「好きこそものの上手なれ」ということなんでしょうけれど。もっとこうそれだけじゃない何か、上手く言い表せないけれど。
気持ちと行動が折り重なった地道な積み重ねは後でマジで響いて来るものなんですよ。
ベテランの人ならなんとなく分かって戴けますよね?(と信じて熱弁しているつもり)w

もうですね…極端な話同じチームだろうが仕事の仲間からどう思われたっていい、いつかこのサービスに触れるかもしれないユーザーのためだけに何らかの形で届けばいい。
明確に届かなくても、時間がかかってでも“何か”が届けばいい、その一心でやっていく事の意味を私は大事にしたいし信じたい。
しかしですね、それが届く事もあれば、届かない事もありますよ、でも信じたら入り込んだら続けてみるべきなんです。
それがプロとしての責任だと思っています。
はっきりいって苦しいですけどね…。
でもやるしかないんです。

だからこそ「今」が大事なんです。
今を積み重ねて未来が生まれるのですから。
先が見えないから面白い、全力を尽くせる、未だ見ぬ世界を見たいと思える。
プロと言われる方々はそういった探求心や欲求に忠実だからこそ、偉大な事を結果的にやってのけるのかもなあ…などと思ったりしています。
 

終止符を打つという決断

引退会見がクローズアップされがちですが、私は引退の日から一年前くらいでしたか、マリナーズからのオファーで一定の契約期間をもらい特別なポジションに就任するといった趣旨の会見をしたあの時の発言や表情がとても胸を打ちました。

きっと、長年、メジャーリーグという大舞台で結果を出し続けてきた選手に対して、花道を飾らせて欲しいという球団側というか球界側の打診というか促すような意味があったのだろうな、それをイチロー選手は感じ取り、深く感謝をし、その結果涙を目に浮かべながら会見中に想いを語っていたように感じました。
約一年後の引退に向かって、きっとあの時に関係者も含め合意の上で動き始めていたのだろうなと、勝手に想像しておるわけであります。
実際、引退の当日の会見は、実に晴れ晴れとしたカラッとしたものでしたからね。
ヤンキース在籍時に契約を獲得していく上で苦しんでいたのもあったと思うので、様々なその後の数年間の決断の早さにプロとしての潔さを感じてとてもカッコいいと思いました。

余談ですけど、私が普段使ってるスタバのカードはイチロー選手が 262 本安打を記録して作られた記念のカードで当時から大事に使っていますよ。
現在はアプリに移行していますが、お店の人にはレアなカード持ってますね〜なんて声かけてもらえて嬉しいです、大事にしようと思ってます。

自分も仕事をする上での終焉の日に向かって生きている

人生100年時代と叫ばれて久しいですが、いつか仕事に限界が来る日があるのだとしたら私も潔く辞めたい。
その時に拍手を送ってくれる人がもしいてくれたら嬉しいなと、だから今はせめて私を大事にしてくれる契約先の仕事を全力でやることに注力したい。
引き続き信頼を強固なものにしたいと誓い、日々仕事に取り組むようにしています。

とことんやりたかったことを数年かけて実行した後は、色々考え方も移り変わって意味のある三年間だったのではと周囲に感謝しています。

(なんて勝手な人間なんだ…と我ながら気付いております)

だけどね大変ですよ。
マジで大変、以前のブログで皆独立すればいいなどと無責任なことを言い放ってますが、今はちょっと違ってきていますね。
ホントすみません。

しかし、自分に関しては、結果的に私はフリーになって良かったのだと思います。
(あくまで今現在はの話ですがw)
これはお世話になってるフリーランス専門のエージェントの方や、日々普段一緒に仕事共に知る方達のあたたかさに触れて他人への感謝の境地へと辿り着きそれに気付いたことが大きな収穫となり考え方に変化が生じたのでしょうか。
私が作業にのめり込むことが出来るのも理解のある皆様方のおかげなんです。

そして三年前、勇気を出して独り立ちしたいと行動を起こした途端に不思議な事が次々に起こりました。色々な方からお声がけ頂いて出会いや横の繋がりが出来たのも大きな収穫でした。

得体の知れない高揚感と様々な入り乱れる想いと共に気持ちを込めて取り組めた事…私はあれらの出来事を生涯忘れる事はないでしょう。

三年前、会社辞めてフリーになると決めた私の心は、そりゃあもうヒリヒリしていたものでした。
思い出すだけで背筋が凍る…とにかく怖かった。

自分で決めたとは言え怖かった。
だけど、脱出したかったんです。
自分で自分のこれからの人生を“選択”して生きたかった、生き直したかったのです。

私の今の最大の課題は、引き続き取引先のお客さんの仕事を全力でこなし信頼関係を更に強固なものにしていきたいのと、いざという時のためや、それとは別にフリーとしてのスキルアップのためにやらなければいけない事や、個人的にやりたい事がいっぱいあって山積みなのであります。
仕事以外の時間の配分やモチベーションの維持、自己管理はまさに自分との勝負。

自己管理とルーティンワークの鬼!というか化け物なイチロー選手を見習うべく、2020年は自分も日々挫けず継続して行けるよう心がけてみようとそう思っています。

とか、意識高い宣言とかしてみても
ダメだな〜私ってすぐ寝ちゃうしな
(睡眠欲が人並み外れてる異常レベル)なので
気合い入れ直して、頑張る年にするぞ!

2020年も引き続きどうぞよろしくお願いします。

 

フリー三年目、自分へのダメ出し

異常にビビり

久々に何か書きたいと思い立ったのは、何となく二年の総括の意味も込めてここで気持ちを整理しておきたいと思ったせいかもしれません。
私は会社を辞めて二年になるけど、自分としては濃い二年間を経験して来られたと思っているし、最近は私生活の環境も変えました。
フリーになりたいと思い立った三年前に思い描いた暮らしに近付いています。
あと、とても優秀な人達と仕事を共に出来ている満足感もあります。
日々必死だけど楽しいです。

フリーとか名乗ってるくせに、私は変化に弱い方なので、優秀な人たちが通る大した事ない物事でも私なんかではきっとビビッてしまい大事に捉えているだけかもしれないけれど、私がこの二年で出会って来た人達は、第一線で活躍されそれでも涼しい顔でもっと凄い事を成し遂げたり考えたりされている、とんでもない方々ばかりで恐ろしいと感じます(笑)
尊敬の念しかありません。
でも、そうった方々と一緒にお仕事出来る機会を与えて貰えているという事は幸せなことですね。
きっとあの会社の、いち会社員のままでは一生出会えなかったであろう方々。

それなのに私はその与えられたチャンスを活かし切る事が出来て来たのかと自分に問うと疑問に思い、ここでダメ出しです。
まず、自分のキャパオーバーが怖い。
これは若い頃に、新卒で入った会社でも先輩から指摘されていた自身の特徴です。
ありがたいことに、問い合わせを頂いても、断ってばっかり。
今契約してもらっているお客さんへの仕事を最優先にしているのでそっちへのしわ寄せが怖い。
歳も歳だし無理をして周囲に迷惑をかけるようなことだけは避けたい。
いい加減な仕事をしたくない。
自分のポリシーに反する。
体力に自信が持ちきれないというよりも、絶好調のパフォーマンスで日々臨めるようにしておきたい。
そうすることで、当初予想していたよりも満足できるもの結果が出せるアウトプットに近付けると信じてる。
昨日よりも少し成長した自分に出会えている気がする。
綺麗事を言えばそうですけど、要は疲れ果てて生きるのも長い目で見たら何か違う気がする、という事なのかもしれません。
そりゃあ仕事してれば納品時期や作業の緩急があるので当然忙しい時は忙しいですが、それをコントロールし、メンテナンスするのも自分自身の裁量ですからね。
自分の身は自分でしか守れません。
自営業ならなおのこと。

小心者で小物のくせにフリーを謳い、一回そちらの世界に入ったら覚悟を決めるしかなかった分際で、何をやってるんだ?と自分を叱責することもありました。
最初の一年の方だけは、焦りと異常にアッパーなテンションで、楽しんでいたような気がします。
来たものすべて、さばいてやる!やってやる!!って。
二年目は念願だったフルリモートの働き方を実現したり影で色々実践していました。
身に余る下駄を履いてる状態だなという状況にもなっていたのですが、本名で活動しているリスクを徐々に感じるようになりネット発信も消極的になってしまい、なんだかあの時の躍動する想いが薄れているのか?と思えて来たりすることもあり、ここでもダメ出しです。
「異常にビビり」から来る要因でしょう。
でも最近は、周囲のあたたかい環境のおかげで元気になってきたのと、単純に仕事も楽しいので、オリジナルの作品をもっと作って世の中に発信する準備を進めたい、休日も無駄にしないように無理しない範囲で新しいものを作ってみたり勉強したいと思っています。

というか、こんな書いてる暇あったら黙ってさっさと形で示せって思うけど、こうして発言することで実際の行動に近付くんですよね。
二年前の異常なテンションの自分もそうでした。
楽しもうじゃないですか!

 

問い合わせにビビる

ありがたいことに、お問い合わせを度々頂いております。
返信できないのは、無視しているわけじゃなくて今のキャパオーバーが怖いのと完全にお断りするのがこちらの立場としてただ恐縮なので保留にしたいのです。
申し訳ありません。
あんなおかしなページから連絡くれるなんて嬉しいです。

 

Google の検索結果にビビる

さっきも言いましたが、本名で活動しているのでたまに調査のためにエゴサした時などにいちいちビビります。
というか笑ってしまいます。
「安全ではありません」って出て笑ってしまいます。
とても初歩的な方法でなのですが常時SSL対応を先週くらいにやっと行ってみました。

 

勉強会やイベントにビビる

エンジニア界隈の優秀な方達はよく勉強会を開いておられ素晴らしいですね。
いち早く最新の情報や知見を得る為に必要な行動ですし、優秀なエンジニアの方々はそういったものに積極参加されています。
まぶしいくらい前向きでとても素敵なことですしそういう人々は実際「スゲー人達」です。
デザイン界隈もやっていますが、またに「ちょっとペラくないですか?」って感じるのがあるくらいで、見たい!行きたい!といのがどうも少なく感じられ、というかデザインは黙って形で示せよって、男は黙ってサッポロビールだろって、そんなワチャワチャやってる感だけで内容が薄過ぎてもうって…。
つまりどうも及び腰になります。
後からネットで知れるしな…と完全に引き篭もりの発想です。
ダメ出しです(注意:自分への)

しかし、ここでまた真面目な話をしますが、勉強することを怠ったら、私が今関わらせて頂いているIT分野では今後は絶対についていけません。それだけは理解しています。
一人でも勉強は出来るので続けたい。
仕事仲間の雑談からも勉強出来ることがたくさんあるので助かっています。

 

過去を反復してビビる

私は新卒で広告制作会社に入社し(広告業界なので察してください)それなりに辛酸を舐め(笑)
その後非正規で大手の家電メーカーで組み込み式のGUIデザインなどに関わり
また会社員に戻ってから本格的にアプリやWebの仕事にガッツリ取り組み…と無名ですが割と商業デザイン界にしぶとく関わらせて貰えています。
デザインの仕事という意味では大きく変わらずとも、その時代その時代にニーズがある分野にポンッと気軽に飛び、その都度その分野の勉強をしいちいち感動をし取り組んで来ました。途中で嫌になった事は数知れずありますが、幸い飽きずにやって来られたのは、そういう時代と共に変化する媒体へ上手く並行してシフトチェンジしていけたからだと思っています。
いつもいつも初めての事にトライする事は、とても大変な事ではありますが、確実に自分の血となり肉となり骨となります。
全ての経験は財産になります。努力とかそんな暑苦しいことを言いたいわけじゃなく、内から湧き上がって来る探究心に純粋に向き合い、まだ見ぬものに(自分自身も含めて)期待するそんな心を持つのは楽しいものです。
ただしかし、そういうポジティブな思いと、一方でそれなりに経験して来た悲しい出来事も重い鎖となっているのは事実としてあります。
だからなのか、緩く取り組む、程良い加減、良い加減が分からないのでしょう。
私は、自分のプラス面とマイナス面が表裏一体なのを、そういうところで自覚しています。

 

これからフリーを目指す若い人達へ(ビビりながら)

私は、新人を育てるのが苦手で、過去にディレクターとして挫折を経験しています。
フリーになりたいと思ったのもそういう側面でもう無理だなと思ったのもあります。
放棄です、放棄。
でも、これからの時代、若い人は先輩に教わらなくても自発的に何でも吸収できる世の中です。
本当に自分次第、勝負の時代です。
だからこそ、適切な育成環境が不在でも、良い新人は勝手に育っていくと期待しています。
そして、覚悟を決めたら思い切って早々に独立したり起業をしたりしてみたら良いと思います。
組織内でも培われないわけじゃないですが、自分の生き死にに関わるので真剣さがまるで違って来ます。
そういう環境で仕事をするのは、確かにキツいですが、早い段階で何かが見えて来ることがあると思います。
少なくとも私はそうでした、放棄者であるこんな私からでも、誰かに伝わる事を祈っています。

つらくても楽しくなってくる時がきっと訪れます。
それまで好きなだけ納得するまで環境を変えたって良いんです。
いつか見付かるんです。
というか私自身もまだまだ先のことは分からないし末端の人間なので偉そうな事は言えません。
不満と満足は交互にやって来ます。

…これただの気分屋の感想だな…(ダメ出し)

とりあえず、楽しみましょう。

 

UX とドライブ

私は車の運転が好きです。

地方に住んでいた若い頃は毎日乗っていましたし、当時は、あてのないドライブをよくしていました。
基本的に無趣味でつまらない人間ですが、自分の唯一の趣味と呼べるかもしれません。

でも、よくよく考えてみると、あてのないドライブって単にガソリンやエネルギーを消費して走り続けるだけで何か収穫出来るのかと問われたら具体的に特に何もないし(せいぜい見たことのなかった初めての景色に遭遇できる&運転テクニックの向上くらいなもんでしょうか)冷静に客観的に見ると、何の目的を持ってやっているのか不思議な行動ですよね。走れば走る分だけ事故リスクも高まります。
しかし、車の運転が好きな人は、皆さんこれは昔からごく普通にやっている行為だと思うんです。

体験をする為に、お金や時間を費やす。

う~ん、これこそが UX だよなあって思います(なんか…アホな文章でごめんなさい)

でも、そういう顧客体験を提供する側に私も寄り添いたいので、かつて気持ちの良かった事や自身の体験も大切にしながら、仕事に取り組みたいと考えています。

ところで、最近、各自動車メーカーが昔懐かしい車種を復活させていますよね。
TVCMなどで目にして、何だかワクワクしてしまいます。
車が熱かった時代…(恍惚)

古い人間ですみません。
昭和感が出てしまった。

 

好きなブログ

最近思うのですが、一時的に目立つブログって(凄く専門的な記事を書く人を除いて)基本的になんか皆一様に怒ってませんか? やはり、刺激的な内容のブログやタイトルの方が、目を引くからでしょうか?

昨今ではプロブロガーなる肩書きの職業があって、ブログを炎上させて収益を得ている方々がいるというのを、結構最近になるまで知りませんでした。
自分と関係ない人達や社会に無理矢理喧嘩売ってまで…命懸けですね、疲れそうです…。
それにしても凄い時代だなあ。

そんな中で、私が好きなブログについてですが、多種多様な様々な「妖怪」を楽しく独自の見解で紹介しながら解説しているブログがあり、面白いなーとか思いながら時々過去記事漁って楽しく読んでいます。
(自分が今している仕事と妖怪は何の関係もありませんw)
けれども、妖怪は人の心の欲求や悲哀を現した化身として描かれているケースが多いので、人間の行動や心理をより理解する必要のあるUI設計には、多少なりとも役立つかもしれません。
(無理矢理こじつける)

特にリンクは貼りませんが、好きな事をとことん突き詰めて楽しんでいる姿勢が読んでいて楽しいです。
私も、楽しいブログを書きたいけど、なかなか引き出しがない自分に落胆しています。
一個前の記事なんて、退職ブログ的な暗くて重い文章だし。

UIとは全く関係ない記事をお送りしました。

それでは。

 

ドライとウェットの境界線

以前、会社員として勤めていた会社を退職する決断をした時に割と苦労したのが、極力「ドライ」な気持ちを保つ、という事でした。

というのは、関わった仕事でのアウトプットを自分の子供のように大事に思う感情すら一時は抱いておりましたので、自ら決断したとは言えそれを断ち切ることが辛かったですし、さほど大きなサービスではないインハウスならではなのかもしれませんが、自分が関わったものだらけになっていたので、正直、普通の視点では、もう見られなくなっていました。ウェットの極地というか。

・デザイナーとしてもっと成長したいけどここにいたらもう成長はできないだろう(ドライ)
・ずっと関わったこれらのデザインと離れるのは悲しい自ら手を離したら終わりだ(ウェット)

といったような思いが入り乱れ、決断してから退職するまでの半年間(辞意を伝えたのは2ヶ月位前)は心身の平穏を保つのが大変でした。
(周囲にはそんなそぶりは当然見せないように気を付けておりましたが)

仕事には本気で取り組んでいましたし思い入れもそれなりに強くあった反面、組織内で偉くなりたいとか出世したいとかあるいは社内政治に奔走したりとか、そういう思考が一切無い&価値を見い出せない、このままのらりくらりとぬるま湯に浸かってやり過ごせば楽だけど、自分はそれを求めてやってきたわけではないのではないか?と自問自答し続け、結果このままではマズいぞと気付いた自分は、個のプレーヤーとして極める人生を歩みたいと考えるようになりました。

わざわざ手に入れた安定を、いい歳をして自らかなぐり捨てるとか正気の沙汰じゃないのは分かっていたのですが、たとえ、社会的に身分が不安定でも、厳しい道かもしれなくても、手を動かす側として徹底しプロとしての仕事を追求していく立場へとよりなっていく方が、自分にとっては幸せなのかもしれないと悟りました。
そして、ウェットになり過ぎた制作への思いを、ドライにシフトチェンジし、生産的に、効率良く、何より自分が心地良く静かに暮らしていきたい。
その答えが、フリーランスとして働くという決断でした。

「静かに」と書きましたが、それは、フリーランス=自由に大きく羽ばたきたい、というよりは一種の「諦め」や「限界」を感じていて、年齢的にも人生の折り返し地点を迎える前に、適性に沿った人生の選択をしたいと感じていたからというのもあります。
組織内のディレクター的役割や人を取り纏める適性が自分には無い。そういう立場を一度やってみて様々なウェットな気持ちを通じてそれらを痛感していました。
だから、ドライに、静かに、個になりたい。
自分の特性を活かつつ、ただ淡々と仕事をこなして生きていければ幸せ。
こんなことを公の記事に書いたら、仕事関係の人の目に触れて、印象が低下するかもしれませんが、それでも、その時に思い描いた理想像というか正直な気持ちを述べるならば、そんな想いでした。

しかし、実際にフリーになってみると、出会ったお仕事の関係者の皆様方のレベルの高さに「淡々と」などと言ってる場合じゃないことに気付かされます。
今年になって、様々な会社の色々な人達と出会いましたが、本当にもう何というか皆様凄い方達ばかりで、ご一緒していると良い意味で感情を動かされることが非常に多くあります。
よりシンプルに、ポジティブなプラスの感情や成長したい意欲を抱けるようになりました。
シンプルな思考になれば、ドライ/ウェットの切り替えも意識しやすくなる気がします。

目の前の仕事にとことん向き合うということだけは、昔から変わらずにずっとやってきたつもりです。
これからも、一歩一歩を大切にしながらやっていきたいと思います。

とはいえ、仕事においては不要で非効率な感情は取払って、ドライに、ドライに。
ビジネスですからね。

変な感情に押し流され過ぎることなく、心がけてやっていきたいと思います。